2014/12/02  (火) 

伊勢丹のステンドグラス大窓

前回のブログで、

「忘年会のあとは、紅葉をみながら、三々五々散歩に出かけた方も多いようでした。」

と書きましたが、

私は何名かと一緒に、忘年会の会場から近い、新宿の百貨店 「伊勢丹」へ。

         

伊勢丹の本館の7階から屋上庭園に出る、第二号階段の途中にあるステンドグラスを見に行きました。

         

         

         

おっ、これか!

ここは、明治通り側を向いている窓です。

 

         

新宿で仕事をして、30年以上たつというのに、なんと! これを見るのは初めて!

伊勢丹には来るけど、屋上には来たことなかった。(結構すてきな屋上庭園がありました。)

         

         

         

         

このステンドグラスを実際には見たことなくても、知っている人は多いのでは?

そう、「田辺千代著: 宇野澤辰雄の世界」 という本に掲載されています。

裏表紙にもなっているので見たことがあるのではないでしょうか?

         

         

本で見たイメージだと、もう少し、黄がかかっているのかと思いました。

この窓は明治通り側、つまり南東を向いている窓ですが、西に夕日があると、こちら側の窓も赤みがさして、色が変わるのでしょう。

         

わずかに、うす緑、うすピンクなどが使われているほかは、クリアや薄アンバーのキャセで作られています。

いろいろなマチエールのキャセドラルガラスがキラキラと輝いて綺麗でした。

       

ステンドグラスの室内側にも保護ガラスが入っているので、写真には、四角いガラス扉の形が映りこんでしまいました。

写真は屋上庭園を背にして撮っています。背にしている大きなガラス扉をあけると、すぐ屋外なので、風の強い日や、室内との温度差が多い日は、強く風がふきこむと思われます。

ステンドグラスは、急激な温度変化を与えすぎると傷みやすくなるので、内側にも保護ガラスを与えたのでしょう。(あくまで、私の私見です))

 

(この場所の場合の)室内側の保護ガラス、写真を撮るには邪魔ですが、ステンドグラスが大事にされているな、とステンドグラス屋としては嬉しいです。

         

         

上部のアールの部分が、何かの影になってしまっているのが残念でした。

いろいろな時間帯、いろいろな天気の時に来て、また見たいと思いました。

         

         

         

         

「宇野澤辰雄の世界」 という本に掲載されていますが、それによると、昭和10年(1935年)頃の作ということです。

宇野澤辰雄は1911年に亡くなっていますから、

「宇野澤辰雄」 作ではなく、

         

森勇三さんが制作にかかわったということですから、

「宇野澤スティンド硝子工場」

の作でしょうか?

         

「宇野澤組ステンド硝子製作所」 は、1922年に解散していますし・・・

         

         

単に、「宇野澤」といっても、 

 「宇野澤辰雄」

 「宇野澤スティンド硝子工場」

 「宇野澤組ステンド硝子製作所」 

とあるので、生徒さんへのテキストを書きながら迷うことが多いです。

(あいまいな資料が多くて…)

         

今度、「宇野澤」 と聞いたら、

工場なのか製作所なのか、

組が入るのか入らないのか、

ィ(ちっちゃいィ)が入るのか入らないのか、

気にして覚えるといいと思いますよ?

         

(前に間違ったこと言ってたらゴメンナサイ! 先に謝っちゃいます。)

         


         

 

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